名言?ミーム?去り行く僕らの言葉たち

CafeReoGroup

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

 

『おれが職場の後輩に「こういう時、どんな顔すればいいかわからないの」と言ったら
 「マスクで隠れてるからどんな顔してても大丈夫ですよww」と返された』

 

な… 何を言っているのか………わからねーと思うが…………
おれも… 何を言われたのか…… わからなかった…………

 

頭がどうにかなりそうだった…
原作未履修だとかジェネレーションギャップだとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ

 

もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…

 

 

 

 

こんにちわ!クロレッツです。
今回は広いようで狭い、狭いようで広い「ミーム」のお話をしたいと思います。

 

皆さんは「ネットミーム」という言葉を聞いたことはありますか?

 

「ミーム」とは元々生物学の世界で使われていた用語であり、
本来の意味は「習慣や技能、物語など、人から人へコピーされて伝わり、拡散する情報」のことだそうです。

 

そして「ネットミーム」とはその名の通り
インターネットを通じて広がっていく特定の習慣や情報を指すものであり、
言い換えればテンプレネタ、コラージュ、コピペなどと呼ばれるものに当たります。

また情報が拡散するという意味から、「バズる」「炎上する」といった現象自体も
「ネットミーム」に当てはまるそうです。

 

では実際どんなものなのか?というと
掲示板やSNSによく見られるような、名言・名シーンを引用したコメント等が
分かりやすいところでしょうか。

例えばこんなセリフ

 

「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

『鋼の錬金術師』の中でも非常に有名なワンシーンですが、
「指摘されたくない事実を言い当てられた時」に返す言葉として
ネット上で頻繁に使われます。

 

あまりによく使われる為、一部では「君勘ガ嫌」と省略されても通じる事があるようです。

 

この省略というのも面白いもので、

ネット上でよく見かける「草」というコメントも

 

 笑い → 笑 → ワラ(ワラ)→ warai → w

 

という変遷を経た上で、

「www」とたくさん重ねると草が生えているように見えることから

「草」で笑っているという表現になったようです。

 

英語圏で同様の意味を持つ「lol」も

「laugh(ing) out loud(大きな笑い声)」または「lots of laughs(多くの笑い声)」

の省略だそうです

 

こうした仲間内での洒落や暗号遊びのようなものは実は古くから存在しており、
時代や地域によってさまざまな題材が引用元として共有されていました。

 

例えば平安時代に書かれた『枕草子』には、
「香炉峰の雪」として知られる段があります。

 

雪の降り積もった冬のある日、
中宮に仕える女官たちが格子戸(雨戸のようなもの)を閉じて火鉢に当たっていた所に
中宮定子が「香炉峰の雪はどうかしら」と声をかけました。

 

他の女官たちが首を傾げる中で、清少納言はすぐに廊下へ声をかけて格子戸を開けさせ、

御簾を掲げて庭の雪景色を見せると、中宮は満足気に笑いました。

 

これは白居易という中国の詩人が詠んだ漢詩の一節

 

 遺愛寺の鐘の音は枕をそばだてて聴き (遺愛寺鐘欹枕聴)
 香炉峰の雪はすだれを掲げて看る   (香炉峰雪撥簾看)

 

を元にした謎かけでした。

そして「香炉峰の雪」と言うだけで通じてしまうくらい、

中宮定子と清少納言が重度の漢詩オタクであることを表す段でもあります。

 

当時、漢詩は男性が教養として学ぶものであり、
漢詩に詳しい女性というのはかなりの物好き、悪く言えば変人の部類でした。
その中で中宮定子と清少納言は非常に気の合う漢詩オタク同士、
白熱の謎かけバトルや言葉遊びなどを楽しんでいたようです。

 

漢詩と聞くと敷居が高く、堅苦しく思われますが、やり取りとしては

「ガルマ・ザビは死んだ!何故だ?」

に対して

「坊やだからさ」

と答えるのと全く同じです。

 

しかし漢詩を知らない人にそうした洒落は通じないように、
ミームは人から人へ伝達される程度の間柄、
実は非常に狭いコミュニティでしか通用しないものなのです。

 

ネットミームはインターネットを媒介とすることで広く多くの人に共有されますが、
それでも「誰にでも通じる」とは言い難く、
人によっては特定のミームを知っていても、用語を会話に出す事や、

話題にすること自体も不謹慎だと捉える人もいます。

 

新しいミームが共有され、話題になる一方で、

界隈内で話題にされなくなり、使われなくなった言葉は少しずつ忘れられていきます。

 

ミームが通じなくなるのは、コミュニティの違いか或いはジェネレーションギャップか。

 

広く、多くの人に共有されるネットミームであっても、

流行語大賞として一般の人にまで知れ渡った言葉であっても、やはり終わりが来るのでしょう。

馴染んだ言葉が通じなくなっていくのは寂しく、旧友との別れの様に感じる事もあります。

 

 

メーテル また一つ 言葉が消えるよ

 

この記事を書いた人: クロレッツ